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気付いたら遺書を書いていました。
気付いたら遺書を書いてました。
でも、自殺する場所、日付を決めたら気持ちが楽になった。
これ以上苦しまない、選択肢ができた。そんな気がしてしまった。
生きていると、真っ暗なトンネルで、藁一本にすがるような気持ちだった。
これ以上、人に頼ったり、暗い話をして悲しい気持ちにさせるのも嫌だし。自分でどうにか、しなければいけない。でもそんな余力もなかった。
自分によくしてくれた人たちには幸せでいてほしい。
気持ちは激しくゆれ動いているけど、なるべくひっそりと、迷惑かけない方法で死ねないかって。
自分の考え方は、どうみたっておかしいとおもう。普通じゃなく、病的におもう。
でも仕事中も、家にいるときも、ふと考えてしまって。
(ニックネーム: ゆう)
男性
30歳
2023年1月31日
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カウンセラーの回答
遺書のつづき
ゆうさん、こんにちは、生きているとどこかで「死」を考えることはありますね。
私自身も死を意識したのは小学5年生くらい、早いかもしれませんが人がどこかで何かのきっかけで思うことは確かです。生と死は背中合わせの人の背負ったテーマであると思っています。
遺書を書いたのは良かったと思います。自分の思いを言語化することは自分自身の振り替えりにもなるからです。とても有効だと思います。そこで提案です。
遺書の続きを書きましょう。
大好きな人にはラストラブレターとして自分の思いを綴ってみましょう。友人にはフレンドシップラストレター、両親や恩師には感謝ラストレターとして綴ると良いと思います。一通り書き終わったら、次はロールレターリングです。遺書の返信です。好きな人に出したラストラブレターには彼女になったつもりで彼女から自分に返信を書きます。
「ゆうさんへ ラストラブレターありがとうございます。私は……」という感じです。同じように友人や恩師両親、祖父母等からの返信をその相手になったつもりで返信です。この過程の中で自分を感じ、生きてきた大切さを感じることができます。
生と死は背中合わせと書きましたが、死を意識したときに生きることが迫ってきます。だから遺書を書いたのだと思います。
葉隠はご存じですか。江戸時代に書かれた武士の心得です。この書の中では「武士道とは死に事と見つけたり」という言葉が有名です。武士は常に「死」を意識してその日その日を生きる、ことを表しているのだと思いますが。死は自分を思うからこそ出てきた感覚です。ですから自分のことを深めましょう。そしてそれを書きましょう。そして、ロールレテーリングです。何か発見できるかもしれません。
死を考えるのは老人、しかし、その昔、死を考えたのは若者だったかもしれません。今の若い人には死が遠くなっているかもしれませんが、そんな中でとても大事な気づきを得たのかもしれません。しかも、それを遺書に残したと言う点がとても大事だと感じました。