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自分の一番望む心の在り方を知りたい。

漠然とした恐怖心のようなものがありこの気持ちを言える場所をさがして、こちらに辿り着きました。

わたしは小さい頃から苦手なものがあります。
うまく説明できませんが、精神的なものというか、不安定な人だったり、強い感情を現した物語的なものなどです。

ずっとそういうものとは距離を置いて、どこかそれらと自分は違うものだと思えることが自分を安心させていたように思います。

でも数年前あたりから色々うまく行かなくになるようになり、それまで否定していた精神的なものの影の部分に引きずり込まれるような恐怖心に足をすくわれました。

しっかりと地に足をつけて生きていきたい、そうずっと思ってきたのに、自分が一番嫌悪していたようなものと自分が重なるように感じるようになりました。

数年間も葛藤してぐずぐずになっているので最近では開き直って弱くて危うい自分のそういった部分を受け入れるしかないのかもしれないという気持ちが出てきてはいます。

でも以前そういうものと自分を切り離したいという意識もあり、自分をどのように持って行けば一番望むような状態になっていけるのか途方に暮れている状態です。

自分では気づかない見解を知りたいと思いおじゃましました。
よろしくおねがいします。

女性

26歳

2008年1月17日

カウンセラーの回答

全ての感情の表裏を受け止めて、なりたい自分に焦点を当てましょう。

こんにちは。カウンセラーの村岡祥子です。
漠然とした・・・そして何年も葛藤したと書いてある貴女の想いに、明確な回答は出せないと思いますが、ヒントになればとお便りします。

>わたしは小さい頃から苦手なものがあります。うまく説明出来ませんが、精神的なもの・・・不安定な人・・・強い感情を現した物語・・・

不安や恐怖心を植え付けるには何らかの原因があると思うのですが、「小さい頃」とお書きになっているのを見るとご自分でもハッキリとした原因は思い当たらないのでしょう。
小さな子どもにとって、怖いなど不安になる材料は大人が予想する以上で、また大人が問題にもなり得ないと感じる程度の事ですら傷を残すことがあります。

子どもであっても、兄弟の多い大家族と一人っ子や年の離れた兄弟の中で育った人は感じ方も異なって当然ですよね。一人一人環境が違うのです。極端に言えば、テレビドラマで激しいぶつかり合いや恐い表情にショックを受けトラウマになる事だって考えられるということですね。残虐な場面を笑い飛ばす子もいれば、泣き出す子もいます。小さい頃身近でどんな時が不安で一人でいたくない時でしたか?感じやすい子は、日常茶飯の夫婦喧嘩でさえ居たたまれないで、泣きながら仲裁する子に苦笑いの図もよくあることです。保育園で勝ち気な子に振り回されたり、これかな?と思えることがあれば振り返って見て下さいね。思い当たる事が無ければそんなに深刻な状況はなかったけれど、何かあなたの子供心を不安にさせる事があったのでしょう。

人は身体的なキケンから守るために、服を身につけたりヘルメットを被ったりする。露出が多ければケガをしやすくなりますよね、心は小さい時ほど、純粋で裸に近く傷つきやすいので、無意識の内にキケンから遠ざかる本能もあるのでしょう。

>ずっとそういうものとは距離を置いて、どこかでそれらと自分とは違うものだと思えることが自分を安心させていたように思います。

貴女のこの言葉は、人間が本来逃れられない人間の本質に迫るものだと思います。そこを覗くことから、何を求めてどう生きていくのかという永遠のテーマに行き着きます。

心理学を学ぶ最初の理解が、貴女の指摘したこの防衛機制という感情です。【私達は否定的な感情を無視したり、抑圧しがちである。不快な感情を心の底に押し込め、目をそらす事で、自分自身が傷つかないようにしている】

生身の感情をもっている人間だからこそ、よりよく心美しく生きたいと思うのです。ナイーブな人は尚更でしょう。不安定さや強い感情は貴女の守りたい心に容赦なくぶつかってくる。それが自分にとって不快であり、自分が他人に対して同じようにするのも人間の尊厳を冒すように感じるのだと思います。

>数年前あたりから・・・それまで否定していた精神的な影の部分に引きずり込まれるような・・・自分が一番嫌悪していたようなものと自分が重なるように感じるようになった。

全ての人が、明るさと暗さ、優しさと冷たさ、真面目さと狡さという相反するものを表裏に抱えています。一番嫌悪しているという裏側にあたる感情も、順風満帆といかない時には沸き起こって来る。それが生きていることであり、自然なことです。そのとき、(こうであるべき)という倫理観で一足飛びに結論を出すことは、悲しい、つらい、口惜しい、羨ましい、などの一番聴いて欲しい自分自身の心のさけびや癒して欲しい感情を無視してしまいます。
努力して見ないようにすると、隠している、だまし続けていると感じるようになってきます。それが、貴女がはじめに書かれた「漠然とした恐怖心」につながって来るように思います。これは苦しいですね。

>最近では開き直って弱くて危うい自分のそういった部分を受け入れるしかない・・・そういうものと自分を切り離したいという意識もあり・・・

「しっかりと地に足をつけて生きていきたい」と思いながら生きてきた貴女。きっと尊敬とまで行かなくても、恥ずかしい生き方はしたくない!と理想を持ってこられた事でしょう。それはそれで素晴らしい事なのです。しかし、今その理想とズレが出てきたのですね。

大人になって親の庇護を離れ社会人として歩き出すと、計画通りに行かないことの方が多くなって来ます。失敗であったり、誤解や曲解、不可抗力、自助努力だけではカバーできない事が起きてきます。その時、自己嫌悪に陥ることは自然ですが、理想に合わせて生きようとすると、自分を責める事で罪を償おうとする心理が働きます。見ないように避けてきた部分だけに目が行くようにもなってき ます。弱いのも不完全なのも決して貴女だけではありません。

「弱くて危ういところを受け入れるしかない」これは弱さではなく一つ強くなったあなたです。きちんと自分を受け止めようと成長したあなたがそこに居るように思います。もともとあるものを受け入れたなら、目を背ける怖さから解放され、そこからどうすればいいのかを考えるスタートになります。

具体的な問題が分からないので抽象的になりますが、
・ 何故失敗したんだろう。どう思われただろう。
・ 腹が立ってしようがない。イライラする。
・ こんな汚い考えする自分が許せない。等々
そのまま、まず自分の気持ちを受け入れてあげましょう。口惜しかったよね。情けなかったよね。辛かったよねと。そして、十分にその気持ちを抱きしめて上げたら、次は、
・ どう思われたかったんだろう。
・ 何に腹が立ったんだろう?嫉妬?プライド?
・ 私は何を望んでいたのだろう?と進めてみましょう。

切り離す事が出来ないのなら、一番大切な自分の心の味方になって、どんな自分でも見捨てないで、他人が目を背けても自分は受け止めてあげましょう。そして、身辺に起こる一つひとつの事柄を「自分が今、どうでありたい!」に焦点を置き、実現するためにはどの自分を選ぶのか考えること。

視点を変えると自分が見えてきます。例えば『嫉妬するのは、羨ましいと思っている私がいるからだ。ねたんでいても利益は何にも無い。今はつらくても私のために出来る事をしよう。私のために乗り越えよう。』貴女の一番望むような状態まで到達出来なくても、近づく事は出来るように思います。

「できるだけ、自分の中で起こっている事、沸き起こっている感情を正確に把握し、理解する事で本当に自分にとってよりよい対応ができる。」これは感情を理解する基礎として大切と言われている事です。

お手紙ありがとうございます。
私は、26歳の若い女性である貴女がここまで人として生きるという賢哲の希求を表したことに、私自身も襟を正してもう一度なりゆきを受け入れ、その上でどう生きたいのか深慮してみたいという気持ちを頂きました。(一度だけ生まれて、一度だけ死ぬ。自分であるのは只一人自分である。)これから長い人生を大切に生きたいと願っている貴女の呼びかけに、どれだけ答えられたのか分かりません。ですが、短いお手紙でその深さを十分に感じ取る事はできました。感性の豊かな貴女ならきっといろいろな所から学び生かしていけると思います。自分を信じて生きていきましょうね。

寒くなりました。風邪を引かぬようにご自愛下さいね。 村岡

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